電報について
電報は、どこでも誰にでも、つまり決して相手を選ぶことのない、そして速くて確実な、情報の伝達手段でした。
昭和ひとけた、いや10年代生まれまでの人なら、一種郷愁をもって電報との緊張関係を思い起こすことがあるのではないでしょうか。
「デンポー、電報ですよ。!」
夜半、電報はものものしく配達される(もちろん夜とは限らない)。凶報が、吉報か、電報は一瞬ドキッとして受け取るものでした。
また、故郷を離れた若者達は、心はずませて帰郷の時刻を電信文に記入しました。
その頃、電報は貴重で高価な情報伝達手段でした。
ハイテクが、電話の普及が、電報の性格を変えました。料金も低廉になりましたし、それでも電報業務は採算の取れる事業になったのでしょう。
ここ数年、年間約4000万通の電報利用者数が定着していると言われています。
年間4000万通の情報が飛び交っている。これは膨大なエネルギーです。
電報は今や、現代社会にしっかりと根づいた、ひとつのメディア様式と考えるべきです。
どうすれば利口に、効果的に、電報という媒体を利用することが出来るでしょうか。
電報は親しみやすいものになりました。しかし、受信者はそれを受けるとき、それほどではなくても、やはり今でもちょっと「なんだろう」と緊張します。
電報というメディアの正確には重い部分があります。
親しみやすくはあるが、軽くはない。連邦のそういった性格を利用して、いろいろその使い方をみんなで工夫してみましょう。
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